どうも。39歳 のだめです。
わたしは2017年8月25日、半年後に会社が無くなることを告げられました。いわゆる倒産宣告を受けたんです。
まさか、自分の会社が倒産するなんて。。
夢にも思っていなかった事が、現実としてわたしの身に降りかかってきました。
わたしが経験した、倒産体験談です。
当時の状況
わたしの年齢は、37歳。勤続年数はちょうど10年になり、係長にも昇進していました。定年までバリバリ働くぜっ!と思っていた矢先の出来事でした。
この会社は、社員は80名程と小さな会社でしたが、創設以来赤字決算は一度も無く、無借金経営を続けていた優良企業でした。
転職が決まった時は、優良企業に入社出来る事が物凄く嬉しかったのを覚えています。ブラック企業で勤めながら必死に転職活動を続け、1年程の就職活動の末にやっと見つけた会社でもありました。
年収・勤務時間・労働環境など、文句無しのホワイト企業だったんです。3社目にして、やっと楽しい社会人生活を過ごすことが出来る場所に辿り着いたんです。
倒産予兆、倒産を告げられるまで
売上額は年々少しずつ下降気味でしたが、毎年億を超える純利益は出し続けていました。しかし、ピーク時に比べると70%程の売上高になってしまっている状況でした。
社長が何か対策をしており、会社の方向性が何か変わるかもしれないな?とは皆が思っていました。
というのも、倒産を告げられる半年程前から怪しい動きがあったんです。取引先の偉い人達が、頻繁に会社に訪れるようになっていたんですよね。会社の資産は物凄いあったので、どこか買収するのでは無いか?という噂が起こっていました。
倒産宣告、1ヶ月前
宣告1ヶ月前には、「8月25日は絶対に休まないように!」という事を会社から言われます。しかも、出張・外出の予定も入れないようにし社内にいるように!と。
入社してから、そんな事を言われた事は一度もありませんでした。何か重大な発表がある事は、もう間違いありません。
この時の社内は、噂話が絶えませんでした。
・名古屋本社を畳んで、東京に本社を移すのではないか?
・ライバル会社を買収するのでは?
などなど
何をやるにしても、皆ソワソワしていました。1ヶ月間は全く落ちつくことが出来ず、不安な日々を過ごしました。
倒産宣告、当日
朝の朝礼で「15時に全社員、会議室に集合すること」と伝えられます。
発表は15時から。その日は、皆ソワソワしており全く仕事になりませんでした。お昼ごはんも、あまり喉を通らなかったことを覚えています。
ドキドキしながら待つ時間は、本当に長かったです。
倒産宣告、発表の時
15時になり会議室に入ると、社長が緊張した面持ちで待っていました。また、机の上にはひとりひとりの名前が書いてある封筒が置いてありました。封筒の上には、最重要書類と赤字のハンコが大きく押されています。
社長の緊張した雰囲気、そして最重要書類と書かれた封筒を見て、只事では済まない事態が起きようとしていることを察します。
やばいっ!まさかの事態が起こってしまうのか?
全員が物凄く緊張し、張り詰めた空気の中、社長が話を始めました。
重要書類を見ながら、説明を聞きます。
重要書類の中身
緊張しながら、封筒を開けてみます。
すると、そこには衝撃の言葉が記されていました。
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社員みなさんへ
・お仕事ご苦労さまでございます。社長の●●です。
今日は皆さんに大変重大でつらいお話をしなければなりません。あまりにも突然の話で、人生を左右する重大な話ですので、大変不安にかられ、悩まれると思います。
どうぞ冷静に聞いてください。
また、取り急ぎにて、書面でご報告、ご説明させていただくことをお許しください。
ご説明させていただきます。
~中略~
・「本日事業を譲渡する契約を結びました。」これにより、来年から、当社は売上高の99%を失い、廃業同然の状況を迎えます。このため、本日から半年後の2017年3月末をもって、東京営業所・大阪営業所・名古屋本社を閉鎖し、廃業となります。
このため、社員さんに再就職支援プログラムと早期退職支援優遇プログラムの借置を講じていく予定です。
・このような発表をしなければならないことは、社長としてまた人として、断腸の思いです。当社を職場として選んでいただき、定年まで、ここでと日々働いてくださっている社員さんに対しまして、希望に添えないことを心よりお詫び申し上げます。
お子さんや親御さんやご家族のことや、いろいろと社員さんの人生設計に重大な変化や危機がもたらされることに皆さんが悩まれることと思います。
・私は社長として、これまで社員さんの生活を第一に思ってまいりました。ノルマや競争厳しい中で、勝ち残った人のみが生存できる会社ではなく、普通の人がまじめに働けば、普通に安心して暮らせる会社、また家族を大切に、社員さんやご家族に優しい会社を理想としてきました。
時代の波に抗うことができず、今回の事業譲渡は、大切にしてきた社員さんに対して、真に申し訳なく、お詫びしかありません。
・この件で、社員さんや社員のご家族の不安な気持ちを思うと胸が張り裂けそうです。
謝って、許してほしいというだけではなく、社員さんが今回のショックや不安から割り切って、新しく立ち上がっていただきたいと願うばかりです。
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倒産宣告後の様子
わたしは、重要書類の「廃業」の文字を見た瞬間、頭が真っ白になり何も考えることが出来なくなってしまいました。。
社長の言葉が、全く頭に入ってきません。
事業譲渡をし、会社をたたむことになるなんて誰が予想できたでしょうか?
説明を受けた後の会議室は、言葉では言い表せないような状態になっていました。
・書類を何度も何度も見直す人
・ショックで、涙が止まらなくなっている人
・身体の震えが止まらない人
・社長に詰め寄っていった人
この時の状況は、今でも鮮明に覚えており一生忘れる事はないと思います。
わたしの人生の中で、一番の衝撃的な出来事でした。
こんなかたちでの、倒産もあるんだな?
会社っていったい何なんだろう?
俺は、何の為に一生懸命働いてきたのだろうか?
これから俺はどうなってしまうんだろう?
もうわたしの頭の中はぐちゃぐちゃになり、混乱しておりました。
そして、将来の不安が拭えないまま、月日はどんどん流れていきました。
倒産宣告から半年後、3月31日。
倒産宣告通り、会社は無くなりました。
こうして私は、職を失うことになりました。
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